第二次大戦中ポーランドはクマも徴兵していた!本当にあった驚きと感動の物語!!

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ポーランド軍に所属したクマの兵隊さんのお話

20世紀の初頭に起こった、第一次・第二次世界大戦。この戦争は軍人だけでなく、女性や子供など全国民を総動員で戦争に立ち向かわせる総力戦であった。

そんな第二次大戦中、ポーランドではクマさんも戦争に駆り出される対象であったようだ。嘘のような、でも本当にあった話を一つ紹介しよう。

ポーランド軍のかわいいマスコット!

1942年、イランで親を猟師に撃たれて亡くしたヒグマの赤ちゃんが発見された。近くに駐屯していたポーランド陸軍に引き取られたクマさんは、「ヴォイテク」と名づけられた。

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かわいい…

発見された当初は1歳にも満たず、固形の食事を摂ることができなかったが、ポーランド陸軍の兵士達にやさしく育てられ、すくすく成長した。そのように育てられたことにより、ヴォイテクくんは兵士達にとてもなついていた。甘えん坊で、寝ている兵士の横で寄り添って眠り、朝になると顔をなめて驚かすこともあったそう。

兵士達と生活することで、ヴォイテクくんはまるで人間のように育ったという。兵士達とレスリング遊びを楽しんだり、敬礼の真似事をしていたこともある。本当に人間の子供のようだ!

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こんなかわいいヴォイテクくんは、兵士の中でも人気者になった。彼を引き取っていたポーランド第2軍団第22弾薬補給中隊の非公認マスコットとなり、部隊とともに移動するようになった。

兵隊の中にクマさんがいるなんて、外から見ると相当驚きそうなものだが、ここまでかわいいと確かに癒されそう。

そしてクマの兵隊さんに!

彼はマスコットとして兵士達を癒すべく、日々部隊に付き従っていたのだが、ある日ピンチが訪れてしまう。それは船で移動する日のこと。なんと、ヴォイテクくんは乗船を断られてしまったのだ!

実は当時のポーランド陸軍には、「ペットは輸送船に乗せられない」というルールがあった。驚いたことに、ペットを飼う兵士が既におり、ルールとして制定されていたのだ。ヴォイテクくん、人生…いや熊生最大の大ピンチ!

この状況を打開すべく、ポーランド軍のヴワディスワフ・アンデルス中将が、驚きの裏技を繰り出した!!

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それは、ヴォイテクくんを正式に軍に「徴兵」し、第22弾薬補給中隊に「配属」させたのだ!クマさんも徴兵することができるのか!!びっくりだ!!!

アンデルス中将は、ヴォイテクくんに「伍長」という階級を与え、専用の軍籍番号と軍隊手帳を発行した。ヴォイテクくんはめでたく、ポーランド軍に所属するクマの兵隊さんになった!

ちなみに、一般的に国民が徴兵されると、「兵」という階級区分の二等兵や一等兵という階級で召集される。ヴォイテクくんに与えられた伍長は、「下士官」という階級区分で「兵」より高級。つまり階級的に、ヴォイテクくんは一般人より上級であった!したがって一般人的には、「ヴォイテク伍長に敬礼!!!」ということになる。(実際にクマの兵隊さんに敬礼していたかは不明)

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ヴォイテクくんはいつも、果物やハチミツを食べて過ごしていたらしい。やっぱり黄色いあの子をはじめ、クマさんはハチミツが好きなんだなぁ。

さらに兵士としてビールやタバコの配給も受けており、どちらも大好きだったそう。おっさんやないか!

ついに武功を立てる!

そしてヴォイテクくんは、マスコットとして皆の心を癒すだけでなく、ついに兵士として軍功を上げることとなる!

1944年、モンテ・カッシーノの戦いで、ポーランド軍は連合国側の一員としてドイツ軍と戦っていた。この戦いで、第22中隊は弾薬の補給に追われていた。そんな中、ヴォイテクくんがついに動いた。

他の兵士のマネをしたのか、ヴォイテクくんは自発的に砲弾を運ぶ手伝いをするようになったのだ。一つ運び終えると、「他のは?」と右足を出しさらなる弾薬を求め、足場の悪い山道でも弾薬箱を落とすことはない。さらには、人間の兵士一人では持てないほど重い弾薬箱も、軽々と運んでいたそうだ。さすがヴォイテク伍長であります!!!

ヴォイテクくんの活躍もあってか、連合国側はなんとかドイツ軍に勝利した。この戦いの後、ヴォイテクくんはポーランド軍の司令部にも認められることになった。「砲弾を持つクマをかたどった紋章」が、第22中隊の公式シンボルになり、ヴォイテクくんは広く愛されることになった。

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ヴォイテクくんは大戦の最中、兵士達の癒しとなり、さらにはお手伝いをして、ポーランド軍の勝利を導いたのだった。

だが、別れのとき…

1945年、ポーランドは第二次大戦に勝利した。だが、ポーランドはソ連軍に占領されることとなり、ヴォイテクくんの所属していた第22中隊は本国へ帰ることができなくなってしまった。

ヴォイテクくんは他の兵士たちとスコットランドに滞在していたが、1947年にポーランド軍は解散することになった。兵士達はなんとか一緒に生活をしようと努力したのだが、自国ではないスコットランドではそれほど自由な生活は望めない。ヴォイテクくんと離れ離れになるのは苦渋の選択だったが、他に選択肢はなかった。

兵士達は悩みに悩んだ末、ヴォイテクくんを一時的にスコットランドの動物園に入園させることにした。その際、「ポーランドが自由になったとき、必ず迎えにくる」と約束した。ドラマのワンシーンのような、感動的な約束だ…

そして不思議なことに、ヴォイテクくんも状況を察知したようだ。別れの際、自らゲージに進み、兵士達を悲しい表情で見送ったそうだ。本当にすごい話である…

その後ヴォイテクくんは、動物園でとても人気者になった。長い月日がたっても、兵士達のことはしっかり覚えていた。兵士達が遊びに来た時には、柵を乗り越えとても喜んでいる。タバコももらい、満喫していたらしい。

人々の心をわしづかみにしていたヴォイテクくんだが、歳には勝つことができなかった。ポーランドが自由になり兵士達に迎えに来てもらうのを待つことなく、1963年に亡くなった。

それからもヴォイテクくんは兵士達や動物園の来場者達に愛され続け、追悼として彼の銅像も建てられた。彼はいつまでも愛される存在になったのだった。

愛され続けるクマの兵隊さん

兵士達にとっても、ヴォイテクくんにとっても、ポーランド軍でともに過ごした5年間は夢のような日々であっただろう。そして現在もヴォイテクくんは愛され続けている。

第二次世界大戦時には、世界中で悲惨な戦いが起こっていた。そんな中でも、人類は動物とともに懸命に暮らしていた。そのことをわれわれは忘れてはいけない。

驚きの、そしてちょっぴりほっこりする、ポーランドのクマさんのお話であった。

参照元:YouTube、Wikipedia[1][2]、Twitter[1][2][3][4]

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Haru

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