10年以上前の話になる。
中学生の頃、私の担任の先生に、藤田先生(仮名)という人がいた。
先生は40歳くらいの男性で、独身で、太っていた。
ついでに言えば、髪の毛は薄くて、メガネをかけていた。
入学当時の藤田先生の印象は、「明るくてひょうきんな人」だった。保護者からの評判も、そこそこよかったと思う。
私たち生徒も、みんな藤田先生が好きだった。
優しくて、フレンドリーなところが、親しみやすかったからだ。
そんな藤田先生のことを、「あれ? この人ちょっとおかしいぞ?」と思い始めたのは、入学して3ヶ月ほど経った、初夏のことだったと思う。
みんなに、自分のことを「のんたん」と呼ぶように強制しはじめたのがきっかけだった。
のんたんは、デブでハゲている40歳だ。加齢臭だってある。
あまり「のんたん」と呼びたくなかったためか、みんな、少しずつのんたんのことを避けるようになった。
慣れない(気持ち悪い)のでつい「藤田先生」、と呼ぼうものなら、
「”のんたん”って呼べって言っただろ!!!!!!!!!!」と顔を真っ赤にして激昂した。
特に、女子に対しては、「のんたん」と呼ばせることに異常に執着していた。
その頃から、のんたんはちょっとこわかった。
ある日、クラスの女子が、「胸が痛い」と言い、泣きながら教室でうずくまったことがあった。
みんなが心配して、体を支えながら保健室に連れて行こうとするなか、のんたんは
「楽になるように、おっぱい揉んだろか? フヒヒwww」
と笑っていた。
のんたんは、気持ち悪かった。そして、女子全員を敵に回した。
夏休みに入る前、三者面談があり、私、母、のんたんが蒸し暑い教室で顔を合わせた。
「吉川さんは、家ではどんな子ですか?」と聞かれた母は、「家事も手伝ってくれますし、私が疲れたときはマッサージもしてくれますし、特に悪いところはありませんよ」と答えた。
のんたんは、「ぼっ、僕もっ、吉川さんにマッサージされたぁ~いっ♡」と言いながら、大きく体を振るった。
勘弁してくれ……。そう思っていたら、母の様子がおかしいことに気が付いた。
―――――――――爆笑している。
下を向いて笑いを懸命にこらえているようだが、肩がブルッブルン震えている。涙もでているようだ。
のちに聞いたのだが、母いわく、「気持ちが悪すぎてなぜかツボに入ってしまい、笑いが止まらなくなった」とのことだった。
のんたんは、母が涙を流しながら爆笑しているのを見て、なぜか嬉しそうだった。
夏休みに入り、しばらくのんたんから解放されて安心していたところ、吹奏楽部の友人から連絡があった。
のんたんは、吹奏楽部の顧問を務めていた。
その日、コンクールがあったため、のんたんと、部員とで会場に向かって歩いていたところ、窓にスモークフィルムを貼った車を見つけたのんたんが、急にその車に近づいていったらしい。
そして、停まっていたその車の窓をのぞき込み、こう言ったのだという。
「窓を黒くしてるってことは、中でヤッてんのかなァ・・・ブヒッwフヒヒッwww」
友人はひどく怒っていた。「気持ちが悪すぎる。お前のクラスの担任はどうなっているんだ」、と、フルスイングで怒りをぶつけてきた。
たしかにひどすぎる。しかし、いち生徒である私には何の責任もなかった。落ち着いてほしい。
この頃から、のんたんは、私たちのクラスだけでなく、他のクラスの生徒からも気味悪がられるようになった。
女子の夏服の白いブラウスから透ける下着をまじまじと見て、
「今日のキャミソールは何色かなァ~??」
とつぶやく、などの事案を次々と発生させるようになったためである。
もはや「ただの変質者」として扱われるようになったのんたんは、みんなから避けられていた。
私も、どうしても生理的に受け付けられず、少し避けるようになった。
そんなある日の夜、自宅の電話が鳴った。
電話に出た母が、怪訝な顔で、私に電話をかわるよう促した。
「藤田先生から・・・あんた何かしたの?」
のんたんから電話が来るようなことをした覚えはまったくなかったが、とりあえず電話に出た。
「よ、吉川ァッ……!!」
のんたんの声が聞こえた。のんたんは、泣いていた。
「吉川は、俺のこと、嫌いかもしれないけどっ、俺は、吉川のこと、好きだからな……!!」
のんたんは、泣きながらこう言った。
気持ちが悪いのですぐに切ったのだが、同じクラスの友人たちに聞いてみたところ、他にのんたんから電話がかかってきた者はいなかった。
次の日から、私はのんたんの顔も見れなくなった。
そのまま中学1年生が終わり、再びのんたんのクラスになることもなく、中学を卒業した。
卒業後、のんたんが女子生徒の体を触り問題になった、という噂を耳にした。
そして、それからしばらくして、のんたんがどこか他の中学校へ転勤になったと聞いたきり、のんたんの話を聞くことはなくなった。
近頃の「教諭が生徒にわいせつな行為をして懲戒免職になった」、などというニュースを見ていて、たまに、のんたんのことを思い出す。
――――――今だったら、多分めっちゃ問題になってたよなァ……のんたん……。