夜空を見上げれば、当たり前のようにそこに浮かんでいる月。地球の唯一の衛星である月が誕生したのは、今からおよそ45億年前と考えられている。
しかし、その月が「できるまで」にかかった時間は、私たちが想像するよりはるかに短かったのかもしれない。米サウスウエスト研究所(SwRI)などの研究チームが行った最新のコンピューターシミュレーションによると、条件次第では、巨大衝突からわずか5時間ほどで、ほぼ一体となった月が形成された可能性があるという。
朝に地球へ巨大天体が衝突したとすれば、昼過ぎには空に「月の原型」が存在していたかもしれないのだ。
月は「巨大衝突」から生まれた
現在、月の誕生を説明する有力な説のひとつが「ジャイアント・インパクト説」である。約45億年前、まだ若かった地球に、火星ほどの大きさを持つ原始惑星が衝突したという説だ。この仮想の天体は「テイア(Theia)」と呼ばれている。
衝突のエネルギーはすさまじく、テイアと地球の一部は破壊され、大量の岩石が宇宙空間へ飛び散った。従来の代表的なモデルでは、その破片が地球の周囲に円盤を作り、やがて集まって月になったと考えられてきた。
ところが今回、SwRIのアディーン・デントン博士らの研究チームが、この衝突を改めてコンピューター上で再現した。そこで重要になったのが、意外にも「岩石の強度」だった。
これまで軽視されていた「岩石の強さ」
惑星同士が衝突するほど巨大なエネルギーの前では、岩石が硬いか軟らかいかなど大した違いにはならない。従来のシミュレーションでは、そう考えられることが多かった。
しかし研究チームは、地球とテイアを単純な物質の塊としてではなく、温度によって強度が変化する「地質を持った天体」として計算した。若い惑星は内部が熱く、一般に温度の高い岩石は弱く変形しやすい。一方、冷えた岩石は強くなる。この違いをシミュレーションに組み込むと、衝突後の展開が大きく変わったのである。
そして、わずか5時間後――
研究チームが地球とテイアの温度などの条件を変えながら計算したところ、ある条件では衝突によって大量の破片からなる円盤が作られた。これは従来イメージされてきた月形成のシナリオに近い。
ところが別の条件では、まったく違う結果になった。衝突後の物質が急速にまとまり、約5時間後には一体となった大きな衛星が地球の周囲に現れたのである。
SwRIは実際のシミュレーション映像も公開している。
映像で見ると、想像以上に劇的だ。巨大天体が地球へ激突し、天体そのものが大きく変形する。そして飛び散った物質の一部が地球から離れながらまとまり、月となる天体を形成していく。太陽系の歴史から見れば、5時間などほとんど「一瞬」である。
なぜ「5時間」が重要なのか
もちろん今回の研究は、「月は間違いなく5時間で誕生した」と証明したものではない。研究チームが示したのは、地球とテイアの温度や岩石の強度などが一定の条件にあれば、衝突後数時間で月が形成されるシナリオが成立し得るということだ。
そして、この違いには大きな意味がある。原始惑星は誕生した直後ほど熱く、時間が経つにつれて冷えていく。つまり、衝突時の地球とテイアの温度が分かれば、逆に「巨大衝突が太陽系誕生からどのくらい後に起きたのか」を絞り込める可能性がある。
さらに、現在の月に残る揮発性物質などの特徴と、45億年前の地球・テイアの状態を結びつけられる可能性もあるという。
それでも残る「月の謎」
ただし、ジャイアント・インパクト説には今なお大きな謎が残されている。そのひとつが、地球と月の物質組成が非常によく似ていることだ。
もし月の多くがテイア由来の物質からできたのなら、地球とはもっと異なる特徴が残っていてもよさそうである。研究チームは、地球とテイアがもともと原始太陽系円盤の近い領域で誕生したため、最初から似た組成だった可能性などを挙げているが、まだ決着はついていない。
つまり今回の研究は、月誕生の謎を完全に解いたものではない。むしろ、「巨大衝突のとき、地球とテイアはどんな状態だったのか」という新しい手掛かりを加えた研究なのである。
私たちが毎晩見ている月。その始まりは、45億年前に起きた惑星同士の壮絶な衝突だった可能性が高い。しかも、その大事件から現在の月につながる天体が姿を現すまでに必要だった時間は、ひょっとするとたった5時間ほどだった*のかもしれない。
宇宙の時間感覚からすれば、月はゆっくり生まれたのではない。ほとんど「一瞬にして生まれた」天体だった可能性があるのだ。
参照元:
Southwest Research Institute【1】
Live Science【2】
Space.com【3】
The Astrophysical Journal Letters【4】








