パンを焼く道具と、ボードゲーム。現代人にはまったく別のものに思えるが、1000年前の人々は、どうやらそうでもなかったらしい。
ロシア北西部の町スターラヤ・ルッサで、11世紀の木製の道具が発掘された。パンを焼く際に使われていたとみられるシャベル状の道具なのだが、研究者たちはその裏側に奇妙な模様を発見した。
なんと、そこにはボードゲームの盤面が刻まれていたのである。
パンを焼いて、ひっくり返せばゲームが始まる。中世の暮らしにも、なかなか遊び心があったようだ。
11世紀の地層から現れた、不思議な木製の道具
発見したのは、ノヴゴロド国立大学の考古学研究チーム。
2026年10月15日に大学が公表した内容によると、出土した場所はスターラヤ・ルッサのピャトニツキー発掘区。中世の屋敷が造られ始めた11世紀の地層から見つかったという。
木製の道具は、作業面がおよそ縦30センチ、横40センチ。柄の一部も残っており、材質はオーク材に似ているとされる。
形状から、パンを窯に入れたり取り出したりするための「パン焼き用シャベル」だった可能性が高い。今日のパン職人が使う、長い柄のついたパンピールの祖先のようなものだ。
ところが、研究者たちが裏面を調べたところ、三つの正方形を入れ子状にした図形が彫られていた。
これは単なる落書きではない。
中世ヨーロッパなどで広く遊ばれた「ミル」というボードゲームの盤面だったのである。
三目並べとチェッカーを合わせたようなゲーム
「ミル」は英語で「ナイン・メンズ・モリス」とも呼ばれる、古くから知られる対戦型のボードゲームだ。
ロシアでは「九人の踊り手」を意味する名前でも知られていたという。基本的には2人で対戦し、それぞれ9個の駒を使う。
盤上に駒を置き、動かしながら、自分の駒を一直線に3個並べる。これが成立すると、相手の駒をひとつ取り除くことができる。
相手の駒を2個まで減らすか、動けない状態に追い込めば勝ちとなる。
三目並べのような単純さと、チェッカーのような駆け引きを併せ持った遊びである。ゲームの歴史は非常に古く、似た盤面は古代世界にも見られる。中世にはヨーロッパ各地で親しまれていた。
現代のゲームと違って、電池も画面も通信環境もいらない。盤面と小石があれば、それで十分だったのだ。
パンが焼けるまで、ちょっと一局?
興味深いのは、なぜ調理道具にゲーム盤が彫られていたのかという点。ノヴゴロド国立大学の考古学研究センター長、セルゲイ・トロポフ氏によれば、当時は身近な日用品にゲーム盤を刻むことがあったという。平らな場所に線を引き、手近な小石などを駒にすれば、いつでも遊べる。つまり、わざわざ専用のゲーム盤を買わなくてもよかったのである。
では、このパン焼き道具も、パンが焼き上がるまでの暇つぶしに使われていたのだろうか。
いかにもありそうな光景である。窯の前でパンの焼き上がりを待つ人々が、道具を裏返して勝負を始める。
「まだ焼けないのか?」
「あと一局だけ!」
そんな会話が交わされていたとしても、不思議ではない。
ただし、これはあくまで想像だ。
研究者たちは、道具が調理とゲームの両方に使われていたのか、壊れて使えなくなった後にゲーム盤へ転用されたのか、まだ判断できないとしている。
最初から二役をこなす便利な道具だったのか。それとも、古くなった道具の第二の人生だったのか。その答えは、1000年前の持ち主しか知らないのである。
1000年前の人々も、遊ぶことが好きだった
考古学というと、王宮や戦争、壮大な宗教施設の発掘を思い浮かべがちだ。しかし、今回のような日用品から見えてくる歴史もある。
中世の人々も働き、食事を作り、そして空いた時間には遊んでいた。
ゲーム盤が彫られたパン焼き道具は、そんな当たり前の日常を現代に伝えてくれる。
しかも、専用の遊び道具を用意するのではなく、身近なものを再利用する発想には、現代にも通じる合理性がある。
ただ、ひとつ気になることがある。もしパンを焼いている途中で勝負が白熱してしまったら、どうなるのだろう?
ゲームには勝ったものの、パンは真っ黒。
そんなことが1000年前にも起きていたとしたら、人間というものは案外、変わらないのである。
参照元:
ノヴゴロド国立大学(2026年10月15日・発掘品の写真あり)【1】
ARTnews JAPAN(2026年10月・日本語解説)【2】
Live Science(発見の解説)【3】facebook Live Science【4】








