「ブラック企業」。
世の中には、色んなタイプのブラック企業があると思う。
残業代が出ない・・・
パワハラがすごい・・・
激務で人も足りず、夜遅くまで帰れない・・・
そんな悩みを抱えている人も、きっと多いだろう。
この記事を書いている私、吉川ばんびも、かつて新卒でブラック企業に入社してしまったうちの一人である。当然のように残業代も出なければ、セクハラ・パワハラは文化として強く根付いており、激務であるにもかかわらず、人がどんどん辞めていってしまうような状態だった。
「なんでこの会社は残業代が出ないんですか?」という素朴でトガりまくった疑問を、その無垢さゆえに会長に直接ぶつけてしまった新卒1年目の彼は、その翌日以降、こつぜんと姿を消してしまった。
その現場を見ていた先輩いわく、なぜ残業代が出ないのか、と問われた会長は、おもむろに財布から1万円札を取り出し、「今までの残業代だよ!!!!!!」と怒鳴りながら、無垢な彼の顔に向けて叩きつけたらしい。
足りない。
多分、きっと、1万円では足りない。
当時新卒で、しかも残業代などもらったことのなかった私ですら、「足りねえよ」と思った。
多分、1万円札を叩きつけられた彼も「足りねえよ」と思った。
念のため、先輩に「足りませんよね?」と聞いてみた。
回答は、「足りねえな」だった。
研修場所は山奥にあるお寺だった
入社してから数日後、私を含めた新入社員たち13人は、都心から遠く離れた山奥にいた。新人研修のために毎年恒例で行われているらしい、「寺修行」のためだ。
新人研修って寺修行なの?
寺修行って新人研修だったの?
会社の言い分としては、「全員で修行をともにして結束を高め、あと、できたら大きい声を出せるようになってほしい」とのこと。
もう「どれだけ大声出せるか選手権」とかでよくない?一番声が小さかった奴は罰としてケツバット、とかにしとけばそこそこみんな頑張るくない?
山道を登り、寺に到着したのはお昼前ごろだった。移動しただけなので、まだみんな元気。
建物は、寺というより「古くて小さいペンション」のような見た目で、お世辞にもキレイだとは言いにくい様相をしていた。あとなんかデカいバッタみたいなのがいっぱいいた。
宿泊施設が隣接しており、荷物をそちらに置いてから、再び寺に集合するよう言われた。荷物を置いて戻ると、本堂っぽい部屋に通され、しばらくすると住職も部屋に入ってきた。
年齢は60歳ほどだろうか。いかにも「住職」、という見た目をしている男だった。
「これから、皆さんには自己紹介をしてもらいます。恥ずかしがらず、大きな声で、腹から声を出して、会社名と名前を教えてください。」
住職はそう言うと、近くに座っていた新入社員を立たせ、自己紹介を始めるよう促した。
「株式会社○○!!野村と申します!!!よろしくお願いし「声が小さいッッッ!!!!!」
野村が自己紹介を終える前に、住職が食い気味に怒鳴った。
あまりにも突然のことに驚いた野村は、涙目になっているように見えた。そんなにキレられるとは思わなかったようだ。
行きの電車で、得意げに米津玄師の曲をみんなに聞かせていた野村。
読者モデルの彼女との馴れ初め話を、山道を登りながら嬉しそうに語っていた野村。
大学時代、ちょっとヤンチャしていたことをしきりにアピールしていた野村。
内定式で、バレないようにこっそりガムを噛んで参加していた野村。
出会ってまだ数日だが、いろんな野村が、走馬灯のように頭の中をかけめぐった。
その後、住職は5分ほど小言を言ってから、野村に何度か自己紹介をやり直させた。
全員が自己紹介を終えたのは、1時間ほど経ってからだった。
一旦解放された私たちは、昼食をとるように指示された。
精進料理であることは覚悟していたが、メニューは
・ドロドロに煮込まれた玄米?(茶色かった)
・山芋をすりおろしたやつ
・お漬物
のみだった。味はしなかった。野村は心なしか食欲がないように見えた。
昼食を終え、掃除をしたあと、再び本堂っぽい部屋に通され、あぐらをかくように指示された。
住職は外出しているとのことで、15歳くらいの修行僧の少年が進行役を務めていた。そして、お経のようなものが書かれた紙を渡され、全員で読経するよう言われた。
指示通りに読経していた私たちは、途中、あることに気が付いた。
・・・え、いつ終わるのこれ?
かれこれもう1時間ほど経ったが、まったく終わる気配がない。
さらに1時間経った。まだ、終わる気配はない。
永遠のように思われるほど長い時間の中、
「修行ってこんなに辛いのか?」
「そもそも、何のためにこんなことをしているのか?」
「ていうか住職は本当に外出しているのか?長時間の読経がイヤで、本当は家で寝てるんじゃないか?」
そんなことをぐるぐると考え続けた。
ようやく読経が終わったのは、4時間が経過した頃だった。
足が痺れ、うまく立てなかった。疲労よりも何よりも、解放されたという安堵感がすごかった。
日もすっかり沈み、ヘトヘトになった私たちは夕食をとった。昼食のメニューとまったく同じもので、そこに味のないサラダだけが加わった。
各自入浴を終え部屋に戻ると、先ほどの修行僧から、写経をするよう言われた。
写経を終えると男女別々の部屋へ入り、就寝準備。
押入れに入った布団を出していた女子が、突然悲鳴をあげた。
布団が黄色い問題である。
もともと黄色いデザインなわけではない。
白かったであろうシーツが、ギバッギバに黄ばんでいる。
恐らく、長年洗われていないことが予測できた。確認したところ、他の敷布団や掛け布団もすべて黄ばんでいた。
さらに、カビ臭さと、ホコリ臭さと、皮脂の臭いが混ざったような刺激臭を放っていた。
帰りたい。帰って、自分の家のベッドで寝たい。
しかし、ここは山奥。こんな時間に、当時住んでいた埼玉のアパートまで帰ることなんて不可能に近い。
私たちは考えた。どうすれば、今晩を無事にすごせるのか?いっそのこと外で寝るとかしたほうがマシなんじゃないか?っていうか修行って布団洗っちゃダメっていう決まりでもあるんか?そもそも泊まりにくる人がいるなら洗っとかんとアカンのとちゃうんか?そこんとこどうなんや?おぉ?
そんな内容を全員で話し合い、15分ほどかけて出した結論は、「持ってきたタオルを布団に敷き、その上に寝転ぶ」だった。これ以外マジで思いつかなかった。
4月の始め、山奥ということもあり、その日の晩もよく冷えた。
黄ばんで刺激臭を放つ掛け布団は使い物にならず、全員で寒さに耐えながら眠った。
地獄の修行・2日目
翌日、起床すると体が冷え切ってビキビキに痛んだ。だが、つらい夜を乗り越えた、と思うと少しホッとした。
洗面を終えると、寺周辺と、道路を掃除してくるよう言われた。デカいバッタがいた。
朝食も、相変わらず同じメニュー。サラダはなかった。野村の食欲は引き続きないようで、体が一回り小さくなったように見えた。
朝8時。修行2日目、開始。
昨日の修行僧から、「住職はセミナーで外出している」、と言われた。セミナー早すぎない?
なぜだか分からないが、コンクリートの上を裸足でひたすら走らされ、1時間ほど経つと、今度は滝行のために山道を移動した。
実際のスケール感でいうと、滝というには小さく、バケツの水を浴びせられている感覚に近かった。そして、バカみたいに寒い。先ほども説明したとおり、まだ4月上旬の滝は、思っていたより辛かった。
着替えることも許されず、びしょ濡れのまま寺まで帰った。
寺に着いて着替えをすると、いよいよ修行の最後の行程に入った。住職による説法である。
1日ぶりに住職を見た。
説法の内容がどんなものだったかざっくり言うと、心霊写真(光が反射してるだけの写真)を見せられて霊障の怖さを説明されたあげく、「みんなにも悪いことが起こらないように、身を守ってくれる数珠とか仏像を売ってあげるから、買ってネ!」、という内容だった。
???
おまけに、「自分が掃除したトイレの便器舐めてみろよ。舐められねぇよな?ということは、お前らは手抜きして掃除してるってことなんだよわかったか!!!」みたいなことも言われた。
???
???
住職は、ヤバイ住職だった。意味がわからない。こわい。仏像のくだりはまだ理解できないことはないとしても、便器を舐められるかどうかについては、手抜きうんぬんの問題ではない、と思った。
それはハートだ。プライドだ。私たちは、「便器は、排泄物を受け止めるためのものである」と定義している。舐めるためのものではない。我々は、たとえ便器が新品であったとしても、決して舐めたりなんてしないのだ。それが、人間としてのプライドだからだ。
もちろん、誰も仏像を買わなかったし、便器を舐めることもなかった。
こうして、私たちの地獄のような新人研修は終わった。
ちなみに、修行の参加費は一人当たり1万円近くしたらしい。
帰り道、みんなほとんど口を利かなかった。
ヤバイ会社の後日談
地獄の新人研修が終わり、2週間ほど経った頃。
「寺から帰ってから、咳が止まんねえ」
同期の大原が、昼食を食べながら言った。ちなみに大原は女性だ。
「大丈夫?病院行きなよ」
その場にいた全員から後押しされ、大原はその日のうちに病院へ行った。そして後日、検査結果が出た。
クラミジアだった。
「性病じゃん?」と言うと、大原はまったく身に覚えがない、と否定した。
調べてみると、クラミジアの菌は性交以外でも感染することもあり、咽頭で炎症を起こすと、咳を引き起こすことがあるようだ。
大原のかかった病院いわく、恐らく、あの黄色い布団が原因ではないか、とのことらしい。
大原は激怒していた。
なぜなら、検査結果を知らせる病院からの電話に母が出て、「娘さんはクラミジアでした」と告げられたためだった。
「性病なんかどこでもらってきたのアンタ!!!」と誤解した母親から激怒される。こんな恐ろしいことはない。新人研修で、一番不憫だったのは大原だと思う。次が野村。
なんとか母親の誤解も解けたようだったが、かなりの時間を要したとのことだった。
ヤバイ会社との付き合い方
ここで紹介したヤバイ会社のエピソードは、まだほんの一部でしかない。
ヤバイ会社はどこまでもヤバイので、今ヤバイ会社に勤めている人は、これからの付き合い方を考えたほうがいいかもしれない。
私は、このヤバイ会社を4ヶ月で辞めた。新卒だったが、そんなことはどうでもいいくらいヤバかったからだ。
辞めるまで行かないとしても、「この会社ヤバイんだ」という事実は常に頭の片隅に置いておいたほうがよさそうだ。
ちなみに、ブラック企業に勤めているあなたに朗報だが、
「飲み会でブラック企業の話をすると、めっちゃ盛り上がる」。
私はこの説を提唱していきたい。