この女性像の「不思議な仕掛け」わかりますか?

アート

不思議な消える彫刻

今年3月、アメリカ・カリフォルニア州の避暑地パームスプリングに、ある不思議な彫刻がやってきた。

人魚座りする女性の、美しい彫刻。一見普通に見えるのだが、実は見る角度によって……

消えてしまうのだ……

この不思議な彫刻は、板状の素材を間隔を空けて並べることにより作り出されたものである。

彫刻のタイトルは「クオンタム・マーメイド」。直訳すると「量子の人魚」である。

手がけたのはアメリカ在住のアーティストジュリアン・ボス-アンドレ氏。

ジュリアン氏は「クオンタムシリーズ」として消える彫刻を多数制作しており、一連の作品について以下のように説明している。

量子は波と粒子の性質両方を持っている。そのメタファーなのです。

実はジュリアン氏、大学では物理学を専攻し、量子物理学の研究経験を持つ異色のアーティストなのである。

量子とは簡単に言うと「物質を構成する、最小の存在」のこと。

普段我々が見ているのは、マクロな物質の世界。それを構成しているミクロな量子の世界には、常識では考えられないような奇妙な現象が存在すると考えられている。

その不思議な量子の世界をアートに落としこんだものが「クオンタムシリーズ」である。

見る地点によって消えたり現れたりする彫刻は、量子が観測によって性質を変えることのトリッキーさを表現しているのだ。

クオンタム・マン(2006)

「還元主義」と「全体論」の中間

「量子物理学」と「アート」。絶妙なバランスの上で成り立っているその仕事について、ジュリアン氏に話を伺ってみたところ、非常に興味深い回答を得る事ができた。

私は今、自分が好きなこと、かつ得意なことをしています。そして幸いにも、それでお金を稼ぐことができています。実際には、お金はそれほど、重要な問題ではないのですがね。
ただ、自分が、世の中にとって必要なことができているのかどうか……これは不確かなんです。私の妻も科学者で、彼女は環境問題についてフルタイムで活動しています。私は時々、自分が彼女のようにダイレクトな仕事をしていないことに、罪悪感を感じることがあります。
しかし、一方で、自分の仕事が「還元主義」と「全体論」の中間にあることを感じます。そしてそれが、自分が目指すべき場所でもあるのです。

還元主義とは、物事を徹底的に細分化・単純化し、基本的な原理を見つけ出そうとする考え方。全体論は、還元主義に対を成すもので、物事を要素に分けるのではなく、全体性を重視すべきだという考え方である。

細分化されたミクロの世界と、集合体であるマクロの世界の間には、埋められないギャップがあると言われている。そのギャップをアートによって埋めようというのが、ジュリアン氏の試みである。

世の中には、物理なんて嫌い、興味ない……という人もいるかもしれない。しかし、ジュリアン氏の彫刻を見て、驚きや感動を覚えた人は多いだろう。

伝わりにくい抽象的な概念を、感覚的にわかるように表現して、人々の心を動かす。これこそ、芸術の意義なのではないだろうか。

許諾元:Julian Voss-Andreae
参照元:Instagram[1][2]

あなたにおすすめ

記者紹介記者一覧

yamada

名乗るほどの者ではございません。ほとんど惰性で生きてます。

この人が書いた記事記事一覧